優しい、優しい薫殿。
ねぇ、君は気がついてる?
俺が、どんなに危険な人間なのかを・・・
 
 
 
 
 
君は気がつかなかったね。
修羅のように人を斬った鬼が俺の本性なのだということに。
鬼が被った人懐こい見せ掛けの仮面に、君は気がつかなかった・・・。
気がつかないふりをしてくれた。
その優しさが、寂しさが全ての始まり。
君の、命取り。
 
 
 
 
 
出会った頃はただ気の強い、けれどお人よしの小娘だと思っていた。
彼女の元に留まる気になったのも、放っておいたら危険かもしれないと思ったから。
せめて信頼のおける人が現れるまで、ほんの少しの間だけ留まるつもりだった。
俺の過去を知っても尚、抜刀斎ではなく、剣心として見てくれた珍しい人だから、お礼のつもりだったのかもしれない。
そう、少しだけ、少しだけ側にいて、あとは離れるつもりだったんだ。
俺は流浪人だから、罪深い人間だから、ひとつのところに長く留まれば迷惑がかかるから。
わずかな時間だけれど、君の側にいたいと思った。
 
 
 
けれど・・・
 
 
 
ただ気の強いだけだった娘は、気がつけば華も咲きそうな蕾に成長していて。
俺は・・・目が離せなくなっていた・・・。
何度触れようと思ったかわからない。
何度力づくで散らしてしまおうと思ったかわからない。
それでも、それができなかったのは。
 
自分の勇気のなさと、君の美しさに気おされたせい。
侵しがたい気配を身に纏い、凛としてして真っ直ぐな瞳を俺に向ける。
その瞳の力に抵抗できる術があろうはずがなく・・・。
 
もう、ずっと昔に、俺は君に囚われていたんだ。
それを認めたくなかっただけ。
認めてしまったら・・・地獄だから。
手折ることのできない桜。
できないからこそ美しい華。
俺の、血に染まった紅い手で、どうして触れることができようか。
 
 
 
 
 
 
時代が流れたと言い訳して、一度俺は君から逃げた。
逃げなければ、怖くて恐ろしくて、君の・・・俺を捕らえて離さない瞳が怖くて。
逃げて、逃げて・・・京都まで逃げて・・・
逃げ切れたと思ったら、辛くて寂しくて切なかった・・・。
なんて自分勝手な俺。
もう取り返しはつかぬのに、それでも桜を求め彷徨う俺の心。
願わくは、今一度、今一度だけ・・・桜を・・・
叶わぬとわかっていながら願い続けた奇跡。
起きたこの身をどれほど神に感謝したことか・・・。
 
 
 
 
 
 
それでも、何の態度にもでぬ俺を、君はどんな気持ちで見つめていただろう。
不安だったと思う。
寂しかったと思う。
いつも、俺は、君に何も言わなかったから。
君を安心させるような言葉は何一つ、言いはしなかったから。
 
 
 
でもね・・・
 
 
それは、君を俺に縛り付けていたかったから。
君を不安にさせればさせるほど、君は俺から目が離せなくなる。
それがわかってしまったから・・・。
囚われてしまった者の、せめてもの抵抗だったんだ。
君を・・・俺に縛り付けたかった。
俺という存在だけに止めておきたかったから・・・。
 
 
 
 
 
 
 
巴の話をしたのも
君に関心を示して欲しかったから
巴を愛していた
けれど、それはもう過去の話。
むせ返るほどの血の匂いも、白梅の香りも、あの冷たい躯も。
もう、俺の中ではすべて過去になってしまった記憶。
過去にできたのは君のおかげ。
でもそれを、俺の現在(いま)のように君に告げたのは、最後の最後になっても、優位を保ちたかった俺の虚勢。
君はまんまと騙されたね。
巴のことがある限り、君は俺の全てを独占できないと思っている。
自分は巴の代わりじゃないかと不安をもつ。
それが、俺の策略だとも気づかずに・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
君を傷つけて楽しいわけがない。
悲しい顔なんて見たくはない。
思っているのに止められないんだ。
 
君を傷つけて貶めて。
 
もう俺だけしか見えないようにしてしまいたい。
 
俺以外の人は君に見向きもしなくなるくらい、君を壊してしまいたい。
 
君は俺のためだけに在ればいい。
 
その瞳も、その声も、その心も。
 
俺だけを見つめ、俺の名前だけを呼び、俺のことだけを想えばいい。
 
 
俺はもう、君に狂っているから。
君を側に置くためならばどんなことだってするよ。
これが、俺の本性なんだ・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
優しい、優しい薫殿・・・
傷だらけの俺を放っておけなかったばっかりに。
俺の・・・人斬りの奈落の闇に堕とされて。
穢れのなかったその心は。
紅く血の色で汚されて。
もう、穢れを知らない頃には戻れない。
あんなに綺麗だったのに。
君なら、俺より相応しい男が沢山いただろうに。
君を幸せにしてくれる、優しい人なんて吐いて捨てるほどいただろうに。
 
 
 
可哀想に・・・
俺の紅い手で汚してしまったから。
もう離してなどやれぬ。
こんなに俺に想われてしまったら。
どんなに泣いても叫んでも。
この腕から逃すことなどできやしない。
 
 
 
 
 
 
 
 
それが、たとえ
この手で汚したはず君が、いつまでたっても穢れなくても。
その輝きを失わない魂であったとしても。
その光で、俺自身が焼かれたとしても。
この力続く限り。
俺の命の続く限り。
 
 
 
 
 
 
 
 
二度と手放してなどやれぬ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
君を地獄に堕としてでも・・・
 
 
この俺の紅い、汚れた腕に抱けるのなら。
 
 
その他のことなどどうでもいいんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
君の魂を喰らう鬼となって
 
躯さえ人に渡さぬよ。